文芸翻訳者 黒原敏行・ブログ―COAST OF BOHEMIA

わたしがこれから述べようとしていることは、すでに誰かによって少なくとも一度は、ことによると何度も言われたことがあるかもしれない。しかし、わたしにとって大事なことは、内容の真実性如何であって、話題としての目新しさではない。( J・L・ボルヘス「『ドン・キホーテ』の部分的魔術」。『続審問』中村健二訳、岩波文庫、所収)

不合理ゆえに我悩む

 翻訳をやっていてむずかしいと感じるのは原文が不合理な場合だ。明らかに著者が事実誤認をしているとか誤記をしているという場合はこちらで修正すればいいだけの話だが、そうではなく、言葉の綾として、不合理な表現をしていることがあるのだ。

 

 日英翻訳での実例として、前に書いた『伊勢物語』の一節がある。

昨日今日とは思はざりしを - 文芸翻訳者 黒原敏行・ブログ―COAST OF BOHEMIA

 

 あの場合、原文どおりに「昨日や今日のこととは思わなかった」という意味の英語に直せばいいのなら簡単なことだが、それでは読者が首をかしげてしまう。だから工夫が必要だという話だった。

 

「翻訳物は読みにくい」といわれるのは、ひとつには、表層的に不合理な言葉の綾がそのまま訳されていることがあるからだ。ウィリアム・バローズの小説のような前衛的な表現物というわけでもないのに、何だか意味がすっと頭に入ってこない文章が、翻訳物には確かにある。

 

 で、何がいいたいかというと、今日も今日とてそれで悩んでいるという、ただそれだけのことであります。